ネスプレッソ、高級路線から大胆シフト? Z世代の心をつかむ「冷たい戦略」

プレミアムコーヒーの象徴として、その地位を確立してきた「ネスプレッソ」。しかし、この老舗ブランドが今、大きな変革の波に乗ろうとしている。

ターゲットはZ世代、そして彼らが愛するコールドコーヒー。これは単なるトレンドへの迎合なのか、それとも、次代の消費者を的確に見据えた、計算された一手なのか──。

高級志向から「共感志向」へ
ネスプレッソがZ世代に見出した新たな価値

「The Wall Street Journal」が報じたところによると、ネスプレッソは、従来の洗練され落ち着いたブランドイメージから、より軽快で遊び心のあるアプローチへと大きく舵を切ったようだ。その象徴的な取組みが、夏のキャンペーン「Unforgettable Summer」。仏サッカー選手アントワーヌ・グリーズマンや、デイヴィッド・ベッカム氏をアンバサダーに起用し、彼らがコールドコーヒーを楽しむリラックスした姿を通じて、新たなブランドメッセージを発信している。

この変化について、ネスプレッソのチーフブランドオフィサーであるAnna Lundstrom氏は、同記事のなかで、「私たちは、コーヒーを飲む人々、特に若い世代が、私たちがこれまで主に語りかけてきた層とは異なる方法でコーヒーを楽しんでいることを認識しています」と語る。さらに、機能的な側面(エネルギー補給)だけでなく、楽しさや贅沢なひとときといった感情的な側面も重要であることを強調。Z世代の価値観への深い理解を示している。これは、製品の品質だけでなく、体験共感が重視される現代の消費トレンドを的確に捉えた動きといえるだろう。

成長率20%超市場への熱視線
数字が示すZ世代×コールドコーヒーのリアル

ネスプレッソがZ世代とコールドコーヒーに注目する背景には、無視できない市場のダイナミクスがある。たとえば、調査によると世界のコールドブリューコーヒー市場規模は、23年に25.8億米ドルと推定され、33年までに198.9億米ドルに達すると予測されており、23年から33年にかけて約22.66%という驚異的なCAGR(年平均成長率)での成長が見込まれている。Fortune Business Insightsの調査でも、同市場は22年の4億8210万米ドルから31年には24億5460万米ドルへと、CAGR19.80%で成長すると予測されている。

この“冷たい熱狂”を支えるZ世代は、デジタル空間を自在に泳ぎ、SNSを通じて情報を得るのが日常だ。サイバーエージェント次世代生活研究所の「2024年 Z世代SNS利用率調査」では、Z世代(16~25歳)のもっとも利用率の高いSNSは「YouTube」(86.3%)であり、前年の調査では「Instagram」(75.6%)、「X(旧Twitter)」(72.7%)、「TikTok」(51.9%)が続く。ネスプレッソがこれらのプラットフォームでの発信を強化しているのは、まさにこの世代との接点を最大化するための必然といえるだろう。

さらに、RTD(Ready-to-Drink)コーヒー市場の拡大も見逃せない。「Mordor Intelligence」によれば、世界のRTDコーヒー市場規模は25年に248億3000万米ドル、30年には325億1000万米ドルに達すると予測(CAGR5.54%)されており、手軽さと多様性を求めるZ世代のライフスタイルに合致する。

「ただ冷たい」だけでは刺さらない
Z世代の7割以上が求めるブランドの姿

ネスプレッソの戦略は、単にコールドドリンク市場の成長に乗じるだけのものではない。その核心には、Z世代特有の価値観への深い洞察がある。Lundstrom氏が指摘するように、彼らはコーヒーに「楽しさ」や「リラックス」といったエモーショナルな価値を求めている。これは、彼らが製品やブランドに対して「共感」や「意義」を重視する傾向と深く結びついている。

そして、彼らの消費行動を左右する重要な要素がサステナビリティだ。ネスプレッソは、環境や社会に配慮した企業活動を行うことを示すBコープ認証を取得しており、その取組みを積極的に発信している。この姿勢こそ、倫理的な消費を志向し、ブランドの社会的責任を重視するZ世代の心に響く重要なファクターとなるのではないだろうか。一杯のコーヒーが、単なる飲み物ではなく、自らの価値観を反映する選択。その時、ブランドへの共感は、確かなロイヤルティへと昇華するのかもしれない。

老舗の挑戦は
コーヒー文化の未来を占う試金石

伝統と高級感を重んじてきたネスプレッソが、Z世代とコールドコーヒーという新たな領域へ大胆に踏み出した。この一見意外な戦略転換は、変化の激しい現代において、老舗ブランドがいかにして新しい価値を創造し、次世代の顧客と関係を築いていくべきか、という普遍的な問いへの力強い解答を示しているように見える。

それは、自らのブランドが持つ本質的な価値――たとえばネスプレッソであれば、高品質なコーヒー体験――を堅持しつつも、新しい世代のライフスタイルや価値観に真摯に耳を傾け、柔軟に変化し続けることの重要性だ。

ネスプレッソの「クールな共感」戦略は、コーヒー業界の枠を超え、多くのブランドにとって、未来を切り拓くためのヒントを与えてくれるのかもしれない。

Top image: © iStock.com / ZeynepKaya
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