「コエドブルワリー」とNECが仕掛ける、未来のクラフトビール【大阪万博に登場】
テクノロジーの進化は、時に私たちの想像を軽々と飛び越え、日常に新たな彩りをもたらす。もし、AIが人の「人生」そのものをテーマにしたビールを造り出すとしたら……?
そんなSFのような話が、2025年大阪・関西万博で現実のものとなろうとしている。
NECのAIが価値観を読み解き
コエドブルワリーの職人が味に結実
手がけるのは、革新的なビール造りで知られる「コエドブルワリー」と、日本を代表するテクノロジー企業「NEC」だ。この野心的なプロジェクトの中心にあるのが、AIとビール職人の協働によって生み出されるクラフトビール「人生醸造craft」。
同取組みは、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の「TEAM EXPO 2025」プログラムの一環として、未来社会のショーケースとなる万博の場で発表される。
具体的には、NECの「Agentic AI」が、20代、30代、40代、50代という各世代が持つ特有の価値観やライフスタイルを分析。その分析結果を基に、それぞれの世代を象徴する味や香りの初期仮説を生成したという。AIによる仮説を元に、コエドブルワリーの熟練したビール職人が、長年の経験と研ぎ澄まされた感性でレシピを完成させ、醸造の指揮を執る。まさに、最先端テクノロジーと伝統的な職人技の融合といえるだろう。
こうして誕生する「人生醸造craft」は、世代ごとに異なる4つのラインナップで展開される。
- 人生醸造craft ~20's PINK~(発泡酒)
- 人生醸造craft ~30's BLUE~(発泡酒)
- 人生醸造craft ~40's YELLOW~(ビール)
- 人生醸造craft ~50's RED~(ビール)
たとえば20代の「PINK」には若々しいエネルギーや探求心が、50代の「RED」には円熟味や深い洞察が、色や香り、そして味わいに込められているのかもしれない。さらには、各世代のペルソナを基にした小説や商品解説文の制作にもAIが活用されており、味覚だけでなく、物語を通じても「人生の味」を多角的に体験できる仕掛けとなっているようだ。
このユニークなビールは、6月5日に大阪・関西万博の「TEAM EXPOパビリオン」でお披露目され、同日よりコエドブルワリー公式オンラインストアにて各1980円(税込)で販売中だ。
AIは伝統技術を脅かすのか
それとも新たな地平を切り拓くのか?
「AIと職人の共創」という言葉は、私たちに何を考えさせるだろうか。コエドブルワリーといえば、1996年の創業以来、川越産のサツマイモを用いた「紅赤-Beniaka-」をはじめとする独創的なビールで、国内外で高い評価を得てきたクラフトビールの先駆者。伝統を重んじるブルワリーがAIを導入する背景には、クラフトビール市場の成熟と、そこでの絶え間ない革新への渇望があるのかもしれない。
いっぽうのNECは、AI技術を社会のさまざまな分野に応用し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するリーディングカンパニー。今回のプロジェクトは、クリエイティブな「食」の領域におけるAI活用の試金石ともなり得るだろう。
ここで生まれるのは、「AIが職人の仕事を奪うのでは?」という短絡的な問いではない。「人生醸造craft」のプロセスは、AIが膨大なデータから新たな視点や可能性を提示し、人間である職人が自身の経験や感性、哲学を掛け合わせることで、これまで到達できなかった境地を目指す「協調的創造」のモデルを示しているのではないか。
「異なる世代間の相互理解を深めるきっかけとなることを目指しています」という両社のメッセージからも、この取組みが単なる商品開発を超え、社会的な意義をも追求していることがわかる。
テクノロジーが伝統文化に介入するとき、そこには摩擦だけでなく、新たな価値創造の火花が散る。このビールが、その証左となるのだろうか。
一杯のビールが繋ぐ
世代と未来のコミュニケーション
AIが生成した小説と共にビールを味わうという体験は、まさに五感を通じて物語に没入するような新しい楽しみ方だ。それは、大阪・関西万博がテーマに掲げる『いのち輝く未来社会のデザイン』にも通底する、多様な個人の「いのち」が輝き、互いに共鳴し合う社会のあり方を、ビールという親しみやすい媒体を通じて体感させてくれる試みといえるだろう。
この一杯が、世代間の断絶が指摘される現代において、異なる価値観を持つ人々が互いを理解し、対話を始めるための“潤滑油”となるかもしれない。あるいは、AIと人間が手を取り合うことで生まれる無限の可能性を、私たちに示す道標となるのかもしれない。
「人生醸造craft」は、私たち自身の物語を再発見し、未来への想像力をかき立てる、甘くもほろ苦い、そして希望に満ちた一杯として、記憶されることになるのだろうか。その答えは、万博の会場で、そしてその一杯を口にする私たち一人ひとりの中にある。
